アメリカ5都市巡り、最初の街はワシントンD.C.

アメリカ5都市巡りの最初の街、ワシントンD.C.で、ホワイトハウスや桜祭り、首都のランドマークを巡った。

この年、かなり大がかりなアメリカ周遊旅行を企画した。同行者は中国から来ていて、せっかく遠くまで来るのだから、できるだけ短い時間でアメリカらしい街を一気に見て回ろう、という方針だった。

もっとも、僕自身もアメリカに来てまだ数年。どの街がアメリカを代表するのかなんて、正直よく分からない。最後はみんなで候補を出し合い、首都ワシントンD.C.、金融の街ニューヨーク、カジノの街ラスベガス、そして映画の街ロサンゼルスというリストになった。見事に誰でも知っている街ばかりである。

最初にやって来たのは、アメリカの首都ワシントンD.C.だった。

ここでまず見ておきたいのは、もちろんホワイトハウス。1800年からアメリカ大統領の公邸兼主要な執務場所として使われており、世界でも特に有名な政府建築の一つだと思う。映画の中では何度爆破されたか分からないが、今回はついに本物を見ることができた。

ホワイトハウスは遠くから眺めるだけだと思っていた。ところが現地に着くと、観光客が次々と中へ入っていく。調べてみたら、たしかに内部見学はできるものの、事前の申請が必要で、枠にも限りがあるらしい。ワシントンまで来てから初めて調べるような僕らに、今さらどうにかできるはずもない。あきらめた。

遠くから眺めるホワイトハウスも、なかなかよかった。

ホワイトハウスのそばの公園を通ると、無料の食事が配られていて、その周りにはホームレスの人が大勢いた。そのとき僕らの目の前にいたホームレスの人たちは、ほとんどが黒人だった。同行者の一人が、オバマが大統領になっても、ホワイトハウスのすぐそばの公園ではこんなに多くの黒人が路上生活をしているのか、大統領はこれを見て何を思うんだろう、とこぼしていた。

翌日は、ちょうど全米桜祭りのパレードに出くわした。今では有名なワシントンの桜は、1912年に東京から贈られた三千本以上の桜の木にさかのぼる。それが少しずつ、この街を代表する春の風景の一つになった。首都を見に来ただけのつもりが、たまたま大きなイベントにも当たったわけだ。

僕らが見たパレードは、かなり自由だった。隊列らしい隊列もなく、みんな好きなように楽しんで進んでいる感じだった。

続いて、アメリカ合衆国議会議事堂へ。上院と下院が置かれている建物で、巨大な白いドームはワシントンを代表するランドマークの一つだ。ニュースに毎日のように出てくる法案や予算、政治のあれこれも、かなりの部分がここを通る。

その近くの広場を歩いていると、ワシントン記念塔が一本立っていた。初代大統領ジョージ・ワシントンを記念して建てられた巨大な白いオベリスクで、高さは169メートルを超える。周囲に視界を遮るものがほとんどないので、ワシントン中心部ではどこを歩いていても嫌でも目に入る。

そこから歩いてジェファーソン記念館へ向かった。ここは、アメリカ第3代大統領であり、独立宣言の主要な起草者でもあるトーマス・ジェファーソンを記念する建物だ。タイダルベイスンのほとりにあり、白いドームと列柱という、明らかに古典建築を意識した姿をしている。それまでに見てきた政治的なランドマークとは、また少し違う雰囲気だった。

これでこの日の観光は終了。

ワシントンにいたこの2日間で、首都を代表する有名なランドマークはひと通り見て回れた気がする。

ニューヨーク:国連本部から自由の女神まで

国連本部、エンパイア・ステート・ビル、ウォール街、自由の女神、タイムズスクエア、メトロポリタン美術館を駆け足で巡ったニューヨークの3日間。

次の目的地はニューヨーク。空港から地下鉄でマンハッタンへ向かい、そのまま国連本部へ直行した。間に合わなくなる!

なぜタクシーに乗らなかったのか。マンハッタン周辺のあの交通事情では、少なくともあの時は地下鉄のほうがずっと速かったからだ……。

地下鉄の駅を出た瞬間、マンハッタンの高層ビル群がいきなり視界いっぱいに広がった。

そして国連本部の中へ。国連本部はマンハッタン東側のイースト川沿いにあり、国際ニュースでよく目にする国連総会や安全保障理事会もここで開かれている。テレビで見るとどこか遠い世界の話だったのに、今回はニュースの現場へそのまま入ってきたような気分だ。中国語のガイドツアーを予約していたので、これでようやくどこが何なのか分かる。

有名な会議場をいくつか見学した。

続いてエンパイア・ステート・ビルの展望台へ。1931年に完成したアール・デコ様式の超高層ビルで、さらに高い建物が次々に現れるまでは、長いあいだニューヨークの空を代表する最高層の建物だった。僕らが訪れた頃でも、マンハッタンでも特に有名な建物の一つだったと思う。

これでようやくマンハッタンを上から見下ろせる。高層ビルに囲まれて圧倒される側から脱出だ。

正直、事前に買っておいた優先入場はまったく役に立たなかった。僕らが着いた時間には、そもそも誰も並んでいなかったのだ。ただ、かなり急いでいたので、念のため前もって買えるものは全部買っておいた。

翌日は、旧ワールドトレードセンター跡地にある9.11メモリアルへ。2001年の同時多発テロで崩壊したツインタワーの跡地は現在、追悼区域として整備され、二つのタワーが立っていた場所にはそれぞれ追悼池が造られている。

ものすごく身も蓋もない言い方をすれば、今では巨大な水たまりが二つある。池を囲むブロンズの欄板には、犠牲者の名前が刻まれていた。

その次はニューヨーク証券取引所へ行き、そのあと有名なウォール街の牛も見た。ニューヨーク証券取引所はウォール街周辺にあり、世界でも特に有名な証券取引所の一つだ。それでも、この一帯で観光客に一番人気の撮影スポットといえば、やはりあの有名なブロンズの牛だろう。相場が上がったかどうかは知らないが、牛だけは毎日そこにいる。

そして今日の主役、アメリカを代表するシンボル、自由の女神へ。19世紀にフランスからアメリカへ贈られ、1886年に完成した。その後、ニューヨークだけでなくアメリカそのものを象徴する存在の一つになった。アメリカへ来たことがなくても、これを見たことがない人はほとんどいないだろう。

正直、自由の女神がここまで有名なのは、人気ゲーム『Command & Conquer: Red Alert』も少し関係している気がする。ゲームの中でこれをいきなり爆破したことで、アメリカには自由の女神があるのか、と初めて知った若いプレイヤーも多いのではないだろうか。

往復の船からは、海の上からマンハッタンのスカイラインを眺めることができた。

その後はタイムズスクエアへ。ニューヨークの「人の多さ、高層ビル、広告」の三つを、まとめて最大まで上げたらこうなるのだろう。巨大な電子スクリーンが街区一帯を照らしていて、夜になるとさらにすごい。

本当に人だらけだった。ただ、当時聞いた話では、タイムズスクエアの一部の広告枠は、ごく短い期間だけ流すなら想像ほど途方もない値段ではないらしい。そのせいか、時々かなり謎な内容の広告も見かけた。

3日目はメトロポリタン美術館へ。コレクションは世界各地の数千年にわたる歴史を網羅し、古代エジプトやギリシャ・ローマから、ヨーロッパ絵画、アジア美術までそろっている。一日で全部をじっくり見るなんて、まず無理な規模だ。僕らのような弾丸観光では、気になるものを選んで見るしかない。それでも、本当に何でもある。

最後はニューヨークの街で食べたり飲んだりして、これで旅は終了。

ラスベガス:マジックと食べ放題、そしてヘリで大峡谷へ

カジノリゾートとデビッド・カッパーフィールドのショーを楽しみ、まったく飲み放題にならない酒プランに苦戦し、ヘリ酔いに耐えながらグランドキャニオンへ飛んだラスベガスの旅。

次の目的地はラスベガス。

ここで一番多かった予定は、とにかく飲み食いだった。ビュッフェを食べ、ショーを見て、ホテルの下にある賭博テーブルにも座る。ラスベガス・ストリップの両側はほとんど巨大な娯楽施設で、どのカジノホテルも客室、レストラン、カジノ、ショーを一つの建物に全部詰め込んでいる。まともな計画のない僕らなら、外へ一歩も出ずに一日を終えることさえできた。

中でも一番印象に残ったのが、デビッド・カッパーフィールドのマジックショーだ。同行者に話すと、「本当に本人なの?」と聞かれた。たぶん本人。たぶん。

当時はラスベガスが世界のエンターテインメント業界でどんな場所なのか知らず、世界的なスターが長期公演をしていることも分かっていなかった。だから、本当に本人なのか僕にも自信がなかった。でも写真と見比べた。たぶん本人だった。

ショーはものすごく面白く、カッパーフィールドらしい超大型イリュージョンの連続だった。人間一人を出すくらいじゃ、スケールが小さすぎる。ステージに現れるのは車、バイク、恐竜の骨格といったサイズのものばかりだ。

そして、以前どこかで聞いた話を思い出した。マジシャンだって一生ミスをしないわけがなく、失敗したら話術でうまくごまかすのだ、と。その日のショーでミスがあったかどうかは知らない。ただし、話は本当に長かった。

そこで問題になるのが、英語の分からない中国から来た同行者だ。どうする?

そこで僕が披露したのが、現場での同時誤訳。そう、同時通訳ではなく同時誤訳である。

本物の同時通訳との違いは、訳しながら内容がどんどん原文と食い違っていくことだ。話す速さについていけないので、拾えた部分だけをつないだボロボロの訳になる。最初の背景説明だけは完璧に訳す。そこから本人がものすごい勢いで長々と話す。僕は完全に止まり、最後にこう訳す。「今、あまり意味のない話をしてた」

それでも同行者の評価はかなり高かった。英語が分からなくてもマジックなら見て楽しめる。ブロードウェイで何も分からず舞台を見つめ続けるより、よほどいいらしい。

その後も何度もビュッフェへ行き、近くの評価が高い店をいくつか試した。その中で最大の罠だったのが、あるビュッフェのアルコール飲み放題だった。

ソフトドリンクと違い、酒は必ず店員に持ってきてもらう必要がある。自分で注ぎに行くことはできないし、そもそも注ぐ場所もない。つまり店員が最大のボトルネックになる。

グラスは大きすぎず小さすぎず、だいたい300〜400ミリリットル。でも中国東北出身の面々にとって、この程度のビールは数口で終わる量だった。

実際、酒が来ても二口で空になる。そして店員も姿を消し、次のおかわりまで十数分待たされる。同行者はかなり不満だったが、英語で言えないので、グラスの底でテーブルをコツコツたたいて催促した。すると店員も面倒そうな顔で、「聞こえてる、今忙しいんだ」というような反応をする。

いや、そっちまで不満になるのか……。こっちはグラスが満たされず不満なのだから、さっさと満たしてくれれば、少なくともこちらの不満は消えるのに。

結局、二人とも相手が何を言っているのか分かっていない。2時間のビュッフェで、おかわりできたのはたぶん5杯くらい。これで飲み放題を名乗っていいのか?

この店の飲み放題は明らかに理論上だけの存在だった。現実にはボトルネックが大きすぎて、まったく放題になっていない。非常に飲みづらいので、おすすめしない。

ラスベガスで唯一まともに外へ出たのは、近くのグランドキャニオンへ行った時だった。車では僕らの忙しい日程に対して時間がかかりすぎる。そこで最速の移動手段を選んだ。ヘリコプターである。

ラスベガス発のグランドキャニオン・ヘリツアーは、広大な砂漠や峡谷地帯の上を直接飛べる、現地では定番の楽しみ方だった。お金より時間のほうが足りない僕らの旅には、少なくとも紙の上ではかなり合理的に見えた。

申し込んだツアーは、ホテル送迎、グランドキャニオンまでのヘリ移動、現地での観光、そして帰りのフライトまで含まれていた。値段は相当に高かった。

ところが、ホテル送迎の時点ですでに驚かされた。

迎えに現れたのは、まさかのリンカーンのストレッチリムジン。中から執事みたいな人が降りてきて、どうぞと案内してくれた。乗り込むと、そこはもうリビングルームで、冷蔵庫もテーブルも何でもそろっている。

こんな高級車に乗るのは初めてだった。同行者いわく、さすがラスベガス。金を出せば、ちゃんとその分の派手さが出てくるらしい。

そしてヘリコプターへ。僕にとっても、ここ数年では初めてのヘリだった。

問題は、自分がヘリに酔うとは知らなかったことだ。乗った直後は大興奮で、あちこち体を動かしながら写真を撮りまくった。離陸後、窓越しに撮ったラスベガスの街がこちら。

空から見ると、普段でも十分に派手なストリップ周辺のホテルやカジノが、砂漠の中の小さな建物の集まりに変わっていた。金ぴかのトランプ・ビルは、たしかにギラギラしていてダサい。でも、なぜかちょっと格好いい。

そして飛び始めて5分で吐きそうになった。ずっと頭がくらくらしたままだったが、数十分後に着陸するまで何とか耐え、機内で吐かずに済んだ。

吐き気と引き換えに撮った貴重な写真がこちら。

ヘリから見ても十分に巨大だったが、実際に降りてみると、スケール感はさらにおかしかった。

ものすごく壮観だった。さすが「大」峡谷。本当に、でかい、峡谷だ。

さらに、有名なグランドキャニオン・スカイウォークもあった。峡谷の縁から外へ突き出した馬蹄形のガラス橋で、足元はそのまま峡谷である。本来ならかなり刺激的なはずだが、前のヘリですでに十分すぎる刺激を受けたので、その時の僕には追加の刺激を受け入れる余裕がほとんど残っていなかった。

そしてヘリで戻った。帰りもまた、危うく吐くところだった。

これで完全に学習した。それ以来、僕がヘリに乗る時は、頭を座席にぴったりつけ、できるだけ勝手に揺れないようにして、自分のヘリ酔いを少しでも減らそうとしている。

こうして、ラスベガスの旅も終了した。

ロサンゼルス:ハリウッドとゲティ・センター

ハリウッド、ユニバーサル・スタジオ、ビバリーヒルズ、ゲティ・センターを巡ったロサンゼルスの3日間。

次の目的地はロサンゼルス。

ロサンゼルスはとにかく広く、車がないとほとんど何もできない。ところが交通事情もなかなかの地獄で、自分たちで運転する気にはまったくなれなかった。結局、送迎つきの3日間ツアーに申し込んだ。これはかなり便利だった。街そのものがどこまでも横に広がり、観光地どうしの距離も平気でとんでもないことになる。あちこち動き回りたいけれど、ロサンゼルスの交通とは戦いたくない僕らにとって、一番面倒な移動をまとめて解決してくれたわけだ。

初日はまず、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームへ。有名人の名前が本当に多い。足元を見ながら歩くだけで、映画スター、歌手、監督と、テレビや映画でしか見たことのない名前が次々に歩道へ埋め込まれていた。

続いて、マダム・タッソー・ハリウッドへ。この時はまだ、イギリス・ロンドンのマダム・タッソーへ行ったことがなかった。実物を見るよりずっと前から、教科書で名前を知っていた有名スポットの一つである。

有名人との記念写真を大量に獲得。

次に向かったのは、ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド。アトラクションだけでなく、ユニバーサルの映画やテレビの制作エリアも見学できる。当時の僕には、いきなり映画の舞台裏へ入り込んだような感覚だった。普段は画面越しにしか見られないセットや街並み、撮影設備が、そのまま目の前に並んでいる。

これで初日の予定は終了。本当に中身の濃い一日だった。

2日目は朝早くバスに乗せられ、そのままサンディエゴへ直行。もはやロサンゼルス旅行のサンディエゴDLCである。詳しくはサンディエゴ編で。

3日目はロサンゼルス市内観光。まずはビバリーヒルズへ向かった。

見て回ったのはビバリーヒルズの外側。まあ僕らくらいの身分じゃ、外周を眺めるくらいがちょうどいい。聞いた話では、このあたりには大富豪や有名人がたくさん住んでいるらしい。ビバリーヒルズはロサンゼルス周辺でも特に有名な高級住宅地の一つで、観光客の僕らがやることといえば、車に乗ったまま外から通りや豪邸、きれいな街路樹を眺め、お金持ちの暮らしを想像するくらいだった。

その後はゲティ・センターへ。ここまでの二日間は典型的なロサンゼルスの娯楽ばかりだったので、旅の雰囲気が急に静かになった。ゲティ・センターは建物や丘の上からの景色だけでなく、ヨーロッパ絵画、彫刻、装飾美術も数多く所蔵している。印象派の巨匠クロード・モネの作品もたくさん見ることができた。

続いて、ゲティ・センターのセントラル・ガーデンを散策した。ここを代表する景観の一つで、水が中央の池へ向かって流れ、その真ん中にはツツジを迷路のように刈り込んだ大きな植え込みがある。

このツツジ迷路なら、小さなリスくらいは閉じ込められそうだ。

こうして、ロサンゼルス最終日の旅も終了した。

サンディエゴ:湾岸クルーズとシーワールド

ロサンゼルスから日帰りでサンディエゴへ。湾岸クルーズのあと、シーワールドでシャチやアシカ、イルカのショーを巡った一日。

朝早く、ロサンゼルスからバスでサンディエゴへ向かった。途中、ガイドがなかなか伝説的な話を聞かせてくれた。

ガイドの話では、サンディエゴ付近のメキシコ国境は、メキシコからアメリカへ入る時の検査が非常に厳しい一方、アメリカからメキシコへ向かう時はかなり緩く、何も調べずそのまま通されることさえあったらしい。普通なら、アメリカからメキシコへ密入国しようとする人はいないから、という説明だった。

ところがある時、観光バスの運転手が道に迷い、乗客を一台丸ごとメキシコまで運んでしまった。戻ろうにも、運転手を含め、車内のほとんどの人がパスポートすら持っていない。こうして全員が、ものすごく面倒で気まずい状況に取り残されたという。

さらにガイドによると、その後アメリカ側も南へ向かう車のチェックを少しずつ強化したそうだ。実際に逃亡犯がこの方向からメキシコへ逃げることがあり、それも理由の一つだったらしい。僕らが訪れた頃には、バス一台がうっかりそのままメキシコへ入ってしまうような伝説は、もうなかなか再現できなくなっていた、と話していた。

まずはサンディエゴ湾のクルーズ船に乗り、海上から湾内を観光した。途中でコロナド橋も見え、景色はかなりよかった。

続いて、シーワールド・サンディエゴへ。海の生き物の展示やショーに加え、アトラクションもあり、海洋テーマパークと遊園地を合体させたような場所だった。

最初は動物の展示エリアをひと通り見て回った。

正直、純粋な水族館として生き物の種類を評価するなら、あまり合格点とは言えない。

そして、シャチ――英語でいう killer whale――のショーを見た。

この話を聞くと、英語名のkiller whaleが急に冗談ではなく聞こえてくる。ガイドによれば、シーワールド全体では過去にトレーナーが死傷する深刻な事故が起きており、サンディエゴでも、ショー中にシャチがトレーナーへ噛みつき、水中へ引きずり込む事故があったという。さらに、こうしたショーは動物福祉団体から長く批判されていた。この先いつまで続くのか分からない。せっかく来たのだから、見られるうちに見ておこう、という気分だった。

あとから振り返ると、僕らが訪れた2016年は、ちょうどシーワールドのシャチ事業が大きく変わった年でもあった。訪問の一か月あまり前、シーワールドはシャチの繁殖を終了し、園内にいるシャチを最後の世代にすると発表していた。その後、従来の娯楽中心のショーも、動物の行動や教育をより重視した展示へ少しずつ変わっていった。

ほかにはアシカのショーもあった。

そして、ほとんどすべての水族館にある定番、イルカショー。

ショーを見終える頃には、そろそろ帰る時間になっていた。ところが園内で、急流すべりのアトラクションを発見。

待ち列は完全にゼロ。降りてはまた乗り、また降りては乗りを何度も繰り返した。人で埋め尽くされた遊園地では、なかなか味わえない待遇である。

夜はバスでロサンゼルスへ戻り、サンディエゴ日帰り旅行は終了した。