初めての学会

シカゴで論文を発表し、ついでに2016年のトランプ旋風を眺める。

人生で初めて発表した論文が、国際並列分散処理シンポジウム(IPDPS)に採択された。並列計算と分散処理の分野では特に重要な国際学会の一つで、高性能計算やコンピュータ・アーキテクチャなどの関連分野も扱っている。

僕の感覚では、理論計算機科学ならSTOCやFOCSにはかなわないし、HPCど真ん中ならSCにはかなわない。でも並列計算と分散システムの分野に限れば、間違いなくトップ中のトップに入る学会だ。

博士課程2年目でここに論文を通せたのは、かなり運がよかったと思う。

シカゴに着いて、まず見に行ったのはトランプ・インターナショナル・ホテル&タワーだった。学会会場はすぐ近くの別のホテルで、せっかくだから一晩くらい泊まってみようかとも考えた。もちろん結論は「高すぎて無理」。

今回は大学が宿泊費と食費を出してくれたが、上限はあるらしい。ただし、その上限がいくらなのかは分からない。数字としては存在するはずなのに、実際には「それは高すぎる」と言われて初めて上限を知る仕組みだった。なぜか学会ホテルの料金は、その週の月曜日だけ、僕が調べた通常料金で一泊600ドルもした。ほかの日は300ドル台だった。見積もりを持って精算の相談に行くと、案の定「さすがに高すぎて出せないから、もっと安いところを探して」と言われた。そこで最初の3泊は近くの別のホテル、後半の3泊は学会ホテルに泊まり、最終的には無事に全額精算できた。

学会の歓迎イベントでは、生演奏を楽しんだ。そして雑談が始まると、やはり一番盛り上がる話題はトランプだった。

ちょうどトランプが初めてアメリカ大統領選に出ていた時期だ。話題というレベルを超えて、とにかく話題だった。初対面の人ばかりで何を話せばいいか分からなくても、気づけば自然とトランプの話になっている。

当時、ネットで一枚のミームも見かけた。ほかの候補は「初の女性大統領」とか「初のカナダ生まれの大統領」とか書かれているのに、トランプだけは「最後のアメリカ大統領」。これはさすがに笑った。

僕の英語の政治用語はかなり心もとなかった。みんなが楽しそうに政治談義をする横で、僕は聞きながら笑っているしかない。

そして学会では、ついに自分の論文を発表する番が来た。

こうして、記念すべき一枚が残った。

2回目の学会

論文発表を終え、ついでに開業したばかりのボルケーノ・ベイへ行ってみた。

この年もまた一本、論文を出すことができた。本当に運がよかったと思う。

別に自慢しているわけではなく、本当に運がよかったのだ。僕らの理論計算機科学のグループでは、論文を出すのがかなり大変だった。理論そのものが難しいのはもちろんだが、それ以上に、僕らの論文は学生一人と指導教員一人という組み合わせが多く、著者がずらっと並ぶことはあまりない。一方、隣のAIグループと、そのまた隣のハードウェアグループは、一人で年に10本、一本につき著者10人、みたいな勢いだった。そっちは論文数のスコア稼ぎでもしているのか……。

さすがに少し盛っているが、だいたいそんな感じだ。少なくとも当時の僕には、向こうの論文数は僕らよりずっと多く見えた。

それに、自分が選んだ小さな研究分野がたまたまこの学会の好みに合っていて、だから論文を出せたのかもしれないと思っていた。この先も案外この調子で出していけるのでは、とも考えていたのだが、後になって思い上がりだったと分かった。

今回も大学が費用を出してくれて、全日程を学会ホテルで過ごした。ホテルはディズニーのリゾートエリア内にあり、環境もかなりよかった。

着いて早々、ハゲワシっぽい何かがバルコニーに飛んできた。どうやら僕と食べ物を奪い合うつもりらしい。

この学会は朝から晩までとにかく濃かった。次から次へと発表を聞いているうちに、何の話だったのか頭の中が追いつかなくなる。

本来なら食事は全部ホテルの中で済ませられたのだが、どうにも食事が口に合わず、外へ食べ物を探しに行くしかなかった。とはいえ、さすがリゾートエリア。周りの環境は文句なしだった。

この年も、自分の論文を壇上で発表した。

そして今回も、記念すべき一枚が残った。

学会が終わった後、数日前にオープンしたばかりのユニバーサル・ボルケーノ・ベイにもわざわざ行ってみた。実はオーランドに来てから初めてその存在を知った。ネットで検索したら、いきなりこれが出てきたのだ。広告で埋め尽くされていたとまでは言わないが、かなり目には入った。

そして、この評価がまたすごかった……。記憶では、当時のGoogleマップでわずか2.8。もう目も当てられない低さである。この記事を書いている時点では、評価はなんと4.5まで上がっていた。後の旅行者レビューを見ると、リストバンド式のバーチャル待ち列システムを褒める声もかなり見かけるようになっていたのだが、開業直後に散々たたかれていたのは、まさにこの仕組みだった。接続が頻繁に切れる、まともに動かない、一つのアトラクションのバーチャル待ちが何時間にもなり、その間はほかのアトラクションを予約できない。ようやく時間になって現地へ行っても、さらに普通の列で待たされることがあり、しかもアトラクションが一時休止することもある、などなど。

こうした低評価は、園内そのものが楽しいかどうかというより、オープン直後の運営上の問題に向けられたものが多かったように見える。結局、僕らはその低評価を無視して行ってみることにした。ところが、これがうれしい誤算だった。僕らの滞在中はそうした問題にまったく当たらず、一日中とてもスムーズ。園内も空いていて、ほとんどすべてのアトラクションを気軽に楽しめる勢いだった。体感としてはかなりよかった。

博士課程、無事修了

博士論文の審査を無事に通過し、アナーバーに別れを告げる時が来た。

気がつけば、博士論文の審査の日がやってきた。

この街にはもう6年半住んでいた。スマホを見返してみると、意外なほど街の写真がない。長く住めば住むほど、見慣れて当たり前になってしまうのかもしれない。

そこで、昔の写真を何枚かまとめてみた。

ノース・キャンパスにある一本の木。最高にきれいだった。

道端でよく出会った野生動物たち。

それから、住宅地のあちこちにいる小さなリス。アナーバーのリスは、とにかく太い! その後カリフォルニアへ行ったら、あちらのリスはみんな栄養不足に見えた。

写真の二匹は、これでもまだ普通のほうだ。セントラル・キャンパスで、山のように大きな袋いっぱいのナッツを持ってリスに餌をやる人を見れば、本当に太いリスとは何かが分かる。

この街の天気は一瞬で変わる。青々とした景色が一面の雪景色になるまで、たった3時間。しかも家にいながら全部撮れた。

そして、それで終わり。ほかの写真は見つからなかった。

博士論文の審査に話を戻そう。審査はかなり順調だった。博士課程ですでにトップクラスの国際学会に論文を出していたので、卒業そのものはそれほど心配していなかった。

審査が終わると、先生たちは少し話し合いをした。20分ほどして指導教員が出てきて、博士論文にはまだ少し手を入れられるところはあるけれど、みんなで話した結果、別に直さなければならないほどのものでもないし、このままでいいだろう、とのことだった。

そして、通った。

先生の手厚いご指導に感謝!

その一週間後、大学で34年間教えてきた教授の退職記念式典があった。この先生は僕の博士論文審査委員でもあり、大学のICPCチームのヘッドコーチでもあった。大学に来たばかりの頃から知っている。最初の学期に先生の授業を履修し、3回の試験すべてで圧倒的な成績を取り、クラス首位でA+を獲得した。それ以来、たぶんお互いに強く印象に残ったのだと思う。先生と僕の指導教員は、何十年来の友人でもあった。

式典では学生代表のスピーチが必要で、その役が僕に回ってきた。

指導教員は教員代表で、最初に登壇した。自分の話を終えた後、僕へ話題をつなぐ必要があった。そこでこう言った。「この学生がこの後スピーチをします。数日前に博士論文の審査があったのですが、無事に通ってよかった。落ちていたら、今日いったい何を話すつもりだったのか分かりませんからね」

まったく、話せば話すほどネタが増える……いや、ほんとありがとうございます。スピーチを頼まれたのはここ数日のことだったので、もし審査に落ちていたら、たぶんこの役は引き受けていなかった。

そして壇上へ。これが大成功で、博士論文の審査より成功した気さえする。原稿を見ずに話したので、かなり自然にできた。過去6年の出来事を10分間の笑い話にまとめたところ、大いに受けた。何人もの教授が後からわざわざ褒めに来て、「コメディーの才能がある」とまで言ってくれた。この瞬間だけは、中国のロースト系バラエティ番組『吐槽大会』を何年も見てきた甲斐があったと思った!

思えば、アメリカに来たばかりの頃は、ハンバーガー店で「1番」と言うのが精いっぱいで、店員に何か聞き返されたら、もう何も答えられなかった。それが今では、英語で漫談みたいなことまでできる。ここ数年で成長したのは、学問だけではなかったのかもしれない。

アナーバー、またいつか!