上海で初めてのコスプレ:原神・鍾離
上海, 中国
上海で初めてコスプレに挑戦し、メイクと撮影から AI エフェクト、レタッチまで体験した。
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上海, 中国
上海で初めてコスプレに挑戦し、メイクと撮影から AI エフェクト、レタッチまで体験した。
北京, 中国
コーチとして2度目の世界大会。
西安, 中国
兵馬俑と『長恨歌』、そして二千年以上前の秦代の銅剣を巡る西安の旅。
九寨溝景勝区, 中国
澄んだ湖と森、滝、そして春の雪が描く九寨溝の風景。
黄龍風景区, 中国
理想の景色を写した案内写真に、最後の一撃を食らった。
成都, 中国
成都火鍋の辛さに、肉四枚目で完全に負けた。
成都火鍋の辛さに、肉四枚目で完全に負けた。
成都に来たら、何より大事なのは火鍋を食べること。そして、その火鍋にさっそく分からされた。これまで食べてきた辛い鍋とは、そもそも次元が違う。正しい食べ方は、写真のごま油につけだれを使い、辛い鍋から取った具を一度くぐらせることらしい。すると唐辛子の油がかなり落ちて、そこまで辛くなくなる。
ところが、その仕組みをまったく知らなかった。当時は、このごま油がどうにも不思議に見えた。肉を油にくぐらせたら、余計に脂っこくなるんじゃないか? そう思って、そのまま食べ続けた。四枚目の肉を口に入れたところで、はっきり限界が来た。もう飲み込めず、吐き出すしかない。辛すぎる!
そこで、ようやくごま油を使ってみた。はい、完全に参りました。
何が入っているのかはよく分からないが、くぐらせた肉はまったく油っこくない。それどころか、辛さまでちゃんと耐えられる範囲になった。すごすぎる。
その後は寛窄巷子へ。ここに来たら、まったく関係のない有名なあの句にも触れないわけにはいかない。遠くから壁のことで手紙を送り、三尺譲って何が悪い、万里の長城は今もあるが秦の始皇帝はもういない――という、あの話である。
本来の故事が何だったかは気にしなくていい。どうせガイドなら、寛窄巷子との関係を何とか作ってくれる。
通りにはいろいろな食べ物が並んでいた。レストランでは、アイスプラントも初めて食べた。水滴のように見える粒は、実は表面にある特殊な袋状の細胞で、水分や塩分をためられる。茎や葉に小さな水袋がびっしり付いているように見えるのだ。
一つ勉強になった。たぶん四川名物ではないけれど、少なくとも自分はここで初めて見た。
食べ物以外にも、成都ではやたらよく見かけるものがいくつかあった。まずは路上麻雀。本当に、ものすごく大勢の人が麻雀を打っている! 僕には成都の空気がかなりのんびりしていて、時間の流れもゆっくりに感じられた。歩いていると、通りで麻雀を囲む大勢の人を何度も見かける。その光景は説明しづらく、実際に見たことがなければなかなか想像できないと思う。
そしてパンダ。パンダグッズ、とりわけぬいぐるみを売る店は数え切れないほどあった。
二日目は都江堰へ向かった。
都江堰が最初に築かれたのは戦国時代で、工事を指揮したのは李冰だった。すごいのは、岷江を単純にダムでせき止めたわけではないことだ。魚嘴、飛沙堰、宝瓶口などを組み合わせた一連の仕組みで川の水を分け、土砂を排出し、水を成都平原へ導いた。二千年以上たった今もこの水利システムは機能していて、成都平原が「天府の国」と呼ばれる豊かな土地になるうえでも大きな役割を果たした。
ガイドは水の分け方、土砂の流し方、洪水を逃がす仕組みを実に生き生きと説明してくれた。でも、僕にその仕組みが見抜けるはずもない。現地でしばらく眺めた末に出た結論はこれだった。昔の技術者、すごすぎる。僕はほぼ何も分かっていない。
あとはあちこち歩いて、記念写真を撮った。
三日目は杜甫草堂へ。杜甫が成都で暮らした住居跡のある場所だ。安史の乱のあと、各地を転々とした杜甫は成都にたどり着き、ここで数年間暮らした。その間に、後世の国語教科書に載ることになる詩も数多く書いている。
そして、本当に油を節約する灯りを発見……。
草堂の中はかなり静かで、竹林や小道、古い木々、伝統建築があちこちに点在していた。今見られる建物の多くは後世に再建・拡張されたものだけれど、杜甫をしのぶ場所としての雰囲気はしっかりある。曲がりくねった小道の先に、木々と花に囲まれた静かな建物が現れる――あの詩句がよく似合う空気だった。
続いて武侯祠へ。成都の武侯祠は主に諸葛亮を顕彰する場所で、劉備をはじめ蜀漢の人々も祀られている。
国語の教科書で覚えた詩句が、目の前に現れた。中でも「三顧頻煩天下計、両朝開済老臣心」という、三度の訪問に応えて天下の計を練り、二代にわたって老臣として尽くした諸葛亮を詠んだ句。以前は教科書の中で暗記しただけだったのに、今回はその人物を祀る場所で目にすることができた。
これで成都の自由行動は終了。次は飛行機で九寨溝景勝区へ向かう予定だ。
理想の景色を写した案内写真に、最後の一撃を食らった。
飛行機が着陸してから、山道を左右に揺られ続けること2時間。ようやく黄龍風景区に到着した。
来るタイミングがあまりよくなかった。当時の黄龍はまだ水量が少なかった。みんな山と水を見に来る場所なのに、目の前の彩池にはその水がほとんどない。黄龍といえば、何層にも連なる石灰華の彩池が有名だ。水が十分にあれば、段々になった彩池や浅瀬を流れて、とてもきれいな景色になる。ところが僕らが訪れた時期は、道中にある彩池の多くがほぼ乾いていた。この日に見られた水は、だいたいこれくらいだった。
そして、ここでまさかの理想状態との比較画像である。もちろん正式な比較写真ではないのだが、現地の景色と並べて見ると、もうそうとしか思えない。水が少ない日に来た人ががっかりするかもしれないと、景区側も分かっているのではないか。そんな気がするほど、水が十分にあるときのきれいな写真が現地に飾られていた。
差はほんの少しだけ……いや、かなり大きい。現実にない水は、写真を見ながら脳内で補うしかなかった。
そして普通にがっかりしたまま帰った。どんでん返しも、その後の展開もない。
澄んだ湖と森、滝、そして春の雪が描く九寨溝の風景。
九寨溝は、中国四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある、高山湖と滝の群れで知られる世界自然遺産だ。
前置きはここまで。
これほどきれいな景色なら、説明なんてなくても十分伝わる。昨日の黄龍で残った心残りも、ここですっかり埋め合わせてくれた。
水があまりに澄んでいて、森と山とその反射が一枚の景色に溶け込んでいた。
風のない湖面には、岸の山々がもう一つの世界みたいにくっきり映っていた。
森の間を流れていた水は、やがて岩肌いっぱいに広がる滝になった。
次の景色へ向かう遊歩道まで、山の中へ続く一本の線みたいできれいだった。
山の上にはまだ雪。足元ではもう春が始まっていて、二つの季節が同じ谷に並んでいた。
というわけで、急に詩人っぽくなる時間はここまで。最後はまた写真に任せよう。
兵馬俑と『長恨歌』、そして二千年以上前の秦代の銅剣を巡る西安の旅。
西安に着いて、まずは兵馬俑を見るために秦始皇帝陵博物院へ向かった。秦始皇兵馬俑の規模はとにかく巨大で、数千体もの兵士俑と陶馬が広大な地下軍団を形作っている。服装や髪形、表情にも一体ずつかなり違いがある。二千年以上も前にこれほど大きな地下軍団を自分のために用意するとは、秦始皇はなかなか考えることがすごい。
たしか、高校で競技系の勉強をしていた頃にも来たことがある気がする。でもあまりに昔の記憶で、今となってはぼんやりした印象すら残っていない。
ところで、この高級軍吏俑……本当に古天楽(ルイス・クー)じゃないよね? 『尋秦記』で項少龍として秦の時代まで行った人だけに、妙に説得力がある。
驪山から眺める景色もよかった。
近くでは孔雀にも餌をあげた。写真の出来がやたらいい。
その夜は、華清宮の大型野外歴史舞踊劇『長恨歌』を見た。唐の玄宗と楊貴妃の物語を軸に、華清宮と驪山そのものを舞台背景として使い、照明や踊り、大がかりな舞台演出を組み合わせた作品だ。
これはたしかに「大型」と名乗っていいスケールだった。
二日目は陝西歴史博物館へ。ここには陝西各地から出土した歴代の文物が数多く収蔵されており、秦代のものも含まれている。写真の銅剣は秦始皇兵馬俑一号坑から出土したもので、その近くには有名な杜虎符も展示されていた。
二千年以上前の剣が、今もこうして目の前に残っている。細長い刀身は、見た目にもすっきりとしていて格好いい。
ほかには、特に強く印象に残っているものはなかった。
これで旅は終了。アメリカに戻って、チームを率いて決勝へ行く時間だ。
コーチとして2度目の世界大会。
今年の世界大会の開催地には、去年以上にがっかりした。僕がコーチをやった二年間、開催地が一回はアメリカ、もう一回は中国ってどういうこと? 旅行先としてなら、僕はラピッドシティより北京のほうが圧倒的にいいと思う。でも北京にはもう何度来たか分からない。北京で学校に通ったことすらないのに、地下鉄2号線は少なくとも十周くらい乗った気がする。
世界のほかの場所へ行きたいんだけど!
まあいい。大学のおごりで、無料で中国へ帰れたと思うことにした。
今年のチームもアメリカ人三人だった。ここでは便宜上、アメリカ1号、2号、3号と呼ぶことにする。今回は予選突破までかなり順調で、アメリカ1号がほぼ一人で大暴れしてチームを引っ張った。詳しくは地区予選総集編を参照してほしい。
アメリカ2号は、前年からずっと僕のアルゴリズムの授業へ来ていた。かなり努力家で、僕が知っていることは全部教えた。僕の知識自体はそれほど多くないが、アルゴリズムの守備範囲だけで言えば、世界大会の銀メダル圏あたりで出る問題にも十分対応できる広さはあった。どれだけ身についたかは、あとは本人次第である。
アメリカ3号は、うーん、この三人の組み合わせでは役割がかなり小さかった。実装速度ではアメリカ1号にまったく勝てないので、キーボードを担当する出番はまずない。アルゴリズムの知識範囲ではアメリカ2号に負ける。その結果、このチームでは彼ならではの出番があまり残っていなかった。
運営が用意したホテルはものすごく豪華だった。僕たちの部屋は35階。記憶が正しければ、宿泊客が行ける最上階で、景色もかなりよかった。
運営は万里の長城への観光ツアーを用意していた。僕は即不参加。なぜでしょう。
そのあと大学のメンバーだけで小さなグループを作り、故宮へ行くことになった。僕はそれにもついて行かなかった。
正直、今回は一緒に行くべきだったと思う。でもその日は予定があったので、彼らだけで行かせた。「北京歓迎你」の時代から北京に蓄積されてきた英語力を信じることにしたのだ。出発前、副コーチに「お金ある?」と聞いたら、「ない」と言う。「WeChatは?」「あるけど、決済が使えるかまだよく分からない」「それでよく外へ出ようと思ったな?」
そこで手持ちの現金を全部、500元ちょっと渡した。まあ、一日遊ぶには足りるだろう。少なくとも入場料くらいは払えるはずだ。あとは好きに何とかしてくれ。
そういう遠出とは別に、僕は彼らを北京大学周辺の食べ歩きエリアにも連れて行った。ここで、英語が母語ではない僕の限界がはっきり出た。副コーチがミルクティーを飲みたいと言う。店は全部中国語で、追加できるトッピングは山ほどある。こんなの英語で何と言えばいいんだ! 結局、僕が言えたのは、「甘いよ。適当に選んで」だけだった。
競技当日も、僕は相変わらずかなり気楽だった。
とはいえ、去年よりは少し緊張していた。去年は完全に遊びに来たようなものだったが、今年はこのチームの成績に少し期待していたからだ。特に、アメリカ1号の実装速度は驚異的で、アメリカ2号のアルゴリズム力もしっかりしていた。
結果も期待どおりだった。4問を解き、公式順位では56位タイ。4問のチームは40以上もあったが、その大集団の中ではかなり前のほうだった。もし4問の全チームを通常のICPCのペナルティ順でさらに並べれば、総合60位くらいだったはずだ。僕が選手として初めて出た世界大会よりもいい成績だった。
残念ながら、北京大学は優勝できなかった。ホスト校のチームだけあって明らかに強く、全力を尽くしていたと思う。
そして北京を離れる時、最後に面白いことがあった。地下鉄の駅でスーツケースを引きながら人を待っていると、英会話スクールの営業らしい人が近づいてきて、「英語を勉強しませんか?」と聞いてきた。当時の僕は本当に若く、見た目も完全に学生だった。というか、実際まだ学生だった。
「英語は習いません。でも、先生は募集していますか?」
すると彼は、「うちは講師の採用基準がものすごく厳しくて」と長い説明を始めた。僕はあまり聞いていなかった。
最後に、なぜか彼は僕に「どこに住んでいるんですか?」と聞いた。単なる礼儀だったのか、営業として最後にもう一度粘りたかったのかは分からない。
「サンフランシスコです」
彼は黙った。三秒ほど固まってから、「からかってるんですか……」と言い、そのまま去っていった。
最初にわざわざ声をかけてきたの、そっちだからね!
上海で初めてコスプレに挑戦し、メイクと撮影から AI エフェクト、レタッチまで体験した。
今日は上海市普陀区にある「米游妙妙屋」に行き、人生初のコスプレを体験した。たぶん HoYoverse の公式店ではないけれど、HoYoverse 系の衣装はかなりそろっている。それだけでなく、ほかの作品の人気キャラの衣装もたくさんあった。
数週間前にネットで予約し、撮影セットと衣装もあらかじめ選んでおいた。今回コスプレするのは『原神』の鍾離だ。
到着したら、まずはメイク。メイクさんがウィッグネットで僕の髪を全部まとめ、そこから作業開始。そして1時間半が過ぎた。フルメイクって本当に時間がかかるんだな!
メイクが終わって鏡を見たら……これは単体ではとても見られない。最終的にどうしたいのかはなんとなく分かるけれど、このメイクは衣装と組み合わせて初めて成立するものらしい。顔は真っ白、アイラインは妙に強く、チークとリップまで入っている。しかも髪は全部ネットに収められ、顔の周りには一本も見えない。鏡の中にいたのは、清朝の宦官・李蓮英を映像作品で描くときのイメージそのものだった。
写真がなければ証拠もない。ひどすぎたので載せない。
次はカラコン。僕はかなり近視が強いので、度数が近いうえに色まで合うものがあるとは思わなかった。店の準備は本当に充実している。
そして衣装に着替える。ここで強く勧めたいのは、衣装は少し大きめを選ぶこと。公式のサイズ表に従って選んだ衣装には M と XL しかなく、僕のウエストはちょうど M の上限だった。ところが現地で履いてみると、ズボンが案の定入らない。正確には、かなり頑張ればギリギリ履ける。でも少し動いたり座ったりしただけで、股の縫い目がそのまま裂けそうだった。そうなったら衣装代は誰が払うんだ……。
そこでボタンを留めないことにしたら、だいぶ楽になった。上着で隠れて見えないので問題なし。
そして撮影。カメラマンもかなりプロだった。ポーズが分からなければ、どう動けばいいか、どうすればカッコよく見えるかまで教えてくれる。ただ僕は、カッコよさよりも「そんなにキメたらズボンが裂けない?」という心配ばかりしていた。
撮影後には30分の自由時間があった。誰も使っていない撮影セットなら、どこでも自由に使って写真を撮れる。セットの種類もかなり豊富だった。
これで体験は終了。衣装を脱げばそのまま帰れる。でも李蓮英メイクのまま外へ出るのは嫌だったので、その場でメイクを落とすことにした。クレンジングや道具は一通り用意されている。だが、僕はメイクの落とし方を知らない。完全に力任せで、垢でも出そうなくらいひたすらこすっていた。
最終的に肌の色が元に戻った気がしたので、そのまま店を出た。ところが夜、ホテルで顔を洗って初めて、粘膜に引いたアイラインがまったく落ちていなかったことに気づいた。自分では何も感じなかったのに、洗顔後にタオルで拭いたら黒い線が一本。そこからまた念入りに洗うことになった。
次は写真のレタッチ。店の公式サービスでは、プランによってレタッチしてもらえる枚数が違う。ただ、どのプランにも共通していることが一つある。待たされる。受け取れるのは少なくとも2週間後だ。
しかも公式のレタッチでは、僕が欲しかったエフェクトまでは付けてくれない。そこで別の人に頼もうとネットで探したが、お金を取って写真を加工する人たちも、こういうエフェクトはやっていなかった。結局、自分で AI を使ってエフェクトを付けるしかない。幸い、この時点では AI でもかなり自然に画像加工ができ、仕上がりも悪くなかった。そうでなければ、エフェクトは完全に諦めるしかなかったと思う。
当時の僕の使用感では、AI はエフェクトには強かったものの、人物レタッチはいまひとつだった。肌をきれいにして、体を細くして、脚を長くしてくれと頼んでも、まったく理解していないようで、完成画像は元の写真とほぼ同じ。そこで人物のレタッチだけは人に頼むことにした。エフェクトを頼まなくていいなら、引き受けてくれる人も見つかった。
こうして、まず AI でエフェクトを付け、そのあと人に人物をレタッチしてもらった写真が完成した。個人的にはかなりいい仕上がりだと思う。
しかし、僕はまだ甘かった。その後、店の公式レタッチが届いたので見てみると、これがとんでもなく強い。加工の度合いが、ネットで見つけたレタッチ担当をはるかに超えていた。ネットで頼んだ人は、お金を受け取って最低限の仕事をしたらそこで終了。一方、公式のレタッチ担当は、明らかに込めている愛が違った。
その仕上がりがこちら。
この加工の強さなら、実の母親でも僕だと分からないレベルだ。ここまでやれるなら、次は女性キャラをコスプレしてもまったく問題ない。撮影時に美顔加工を入れて、終わったらさらにレタッチすればいい。
古い漢詩を勝手にもじるなら――
レタッチの脚はすらり、盛れた目はきらり。
二枚並べて見たところで、男か女か、誰に分かろう。