プエルト・ナタレスから帰宅へ:南極旅行、最後の道のり
南極からの便が約40時間遅れ、船上で必死に旅程を変更。プエルト・ナタレスでチリに入国し、ようやく本当の帰路についた。
大変な帰宅の旅は、チリから始まる。
いや、本当はもっと前から始まっていた。航空券を取ろうとした瞬間から、このややこしい一連の出来事はもう始まっていたのだ。
南米の航空券は本当に取りにくい。行きのブエノスアイレスはまだよかった。アルゼンチンの首都だし、「どうせ行くなら」の精神で乗り継ぎを分解し、先に二日ほど観光することにしたからだ。そのおかげで便の選択肢が増え、予約もかなり楽になった。もしウシュアイアまで一気に飛ぼうとしていたら、行きの時点ですでに相当面倒だったと思う。
一方、チリ側では、アメリカへ帰る乗り継ぎ便をプエルト・ナタレスという小さな町から始める必要があった。南極のキングジョージ島からチリ本土へ戻るチャーター便が最初に着くのがここなので、その先の帰路もここからつなぐしかない。
そして、この航空券がまた……。
事前にネットで調べると、Expediaのような旅行サイトについてかなり強い悪評がいくつか出てきた。予約したはずなのに、現地へ行ったら実は発券されていなかった、という体験談まであった。さすがに話が極端すぎて本当かと思ったが、ネット上にそういう事例があったのは確かだ。少し怖くなり、航空会社の公式サイトから直接買うことにした。
当時見つけられた中南米系の選択肢は、主にCopa AirlinesやLATAM Airlinesなどだった。一社ずつ確認し、United AirlinesやDelta Air Linesといったアメリカの大手も全部見て、ようやく条件に合うルートをいくつか見つけた。
ただし、そのどれにも同じ問題があった。僕たちが見つけた範囲では、チリのプエルト・ナタレスからアメリカ国内まで、全区間を一社だけで運航するルートが一つもなかった。どの案も、中南米内――正確にはアメリカ国外――は中南米の航空会社が運航し、アメリカに入ってからアメリカの航空会社へ切り替わる。
それ自体は合理的だし、もともと乗り継ぎ航空券として買うのだから、理論上は大きな問題ではないはずだった。しかし……。
座席指定の時点で嫌な予感がした。中南米側の公式サイトで買うと、アメリカの便の座席が選べない。逆も同じだった。今回の旅程は中南米区間のほうが長く、そちらを優先したかったので、最終的に中南米系航空会社のサイトで買うことにした。アメリカ国内の席はランダムでも仕方ない。
ところが、座席指定だけならまだよかった。指定せず次へ進み、最後の画面まで行って購入しようとすると、注文エラー。何度試しても、どうやってもエラー。完全に詰んだ。
結局どうしようもなく、Expediaで予約することになった。最初からそうしておけばよかった。早く諦めれば早く楽になれたのに。
しかし、これはまだ災難の始まりにすぎなかった。約四か月前に予約した全旅程は、プエルト・ナタレスを出発し、チリの首都サンティアゴで乗り継ぎ、アメリカに入ってロサンゼルスでさらに乗り継ぎ、最後にサンフランシスコへ戻るというものだった。
予約してからというもの、この旅程は一度も落ち着かなかった。僕たちの便は、二週間に一度くらいの勢いで時間が変わった。一回ごとの差は一時間程度の微調整でも、回数が多すぎて、だんだん時刻がおかしなことになっていく。最初は毎回ネットで確認していたが、そのうちもう無理だと諦めた。変更されすぎである。ただし、一つだけありがたい点があった。当時のシステムでは、変更を受け入れなければ、全旅程を無料で変更できたのだ。
これが本当に命綱になった。
前の南極の記事にも書いたが、南極からチリへ飛ぶ予定だった飛行機が予定時刻に出発できず、約40時間遅れた。その結果、その先の便をすべて取り直す必要が出た。僕たちの船を運航する旅行会社にも航空券の手配サービスがあり、こういう状況ではそこに任せたほうがずっと楽だったと思う。僕は利用していないので質は分からないが、たぶんサービス自体はよかったのだろう。ただ、値段が……。チリからアメリカまでの全区間をエコノミーで買っても合計1,000ドル台なのに、手配サービスだけで500ドル。僕には無理だった。
そこで南極の船上で、飛行機の遅延が確定したあと、この無料変更の権利を使った。しかも小さな変更ではない。日程を丸一日後ろへずらし、アメリカへの入国地点まで変えた。ロサンゼルス経由の元のルートは、変更を重ねて時刻があまりにもひどくなっていたので、そこにこだわる理由もなかった。
ただし、変更作業もかなり大変だった。ネット上の操作自体は簡単だ。ネットさえあれば。船ではStarlinkを使っていた。無料Wi-Fiもあったが、実質ないのと同じ。午前3時にほかの誰も使っていない時なら、Googleのトップページがぎりぎり開くかもしれない、というレベルだった。有料Wi-Fiはいくつかプランがあり、僕たちは一番高いものを買った。すごく速いわけではないが、普通のネットとしては使えた。
ところが、今度は状況が変わった。飛行機が遅れ、全員が予約を変更しなければならなくなったため、船が全員にネットを開放した。その結果、全員にネットがあるということは、誰にもネットがないということになった。スタッフは船内で何度も、「もう変更が終わった人、あるいは変更が必要ない人は、今はネットを使わず、必要な人に譲ってください」と案内していた。
午後10時ごろ、翌日も飛べないと確定したところで作業を始め、午後11時ごろには何とかすべて変更できた。
僕たちは一日しか後ろへずらさなかった。かなり攻めた判断だったと思う。もし翌々日にも飛べなければ、もう予測するのは諦め、飛べるようになってから一度だけお金を払って全部変更しよう、と考えていた。しかし実際には、翌日も飛べなければ船そのものがアルゼンチンへ戻る予定だった。そうなれば、もう日付変更どころではない。チリ発の航空券を、どうやってアルゼンチン発に変えろというのか。
そして三日目、無事に飛行機が飛び、僕たちはチリへ到着した。船に乗っていた側は、実はそこまで落ち込んでいなかった。特に白髪の年配客たちは、見たところまったく気にしていない。むしろ南極にもう数日いられるなら歓迎、という雰囲気だった。追加された一日には船長が上陸をもう一回組んでくれたので、みんなかなり満足していた。
でも、チリで待っていた次のツアーの人たちは、当然そんな気分ではなかった。僕たちの次には、以前書いた、チリから飛行機で往復するツアーが続く予定だった。もともと長くない日程なのに、いきなり二日短縮である。飛行機で往復すればドレーク海峡を避けられると思っていたが、まさかこんな落とし穴があるとは思わなかった。
僕が聞いた案内では、提示された選択肢の一つは、短縮後のツアーに参加しない場合、全額返金に加えて、次回の予約で使える約1,000ドル分のクレジットを受け取る、というものだった。ないよりはましだと思う。ただ、1,000ドルは大きく見えても、チリまで往復する航空券代すら賄えないことが多い。今回は完全に来ただけで終わるし、休暇の日数もきっちり消費している。
最終的に僕が聞いた話では、140人以上いた乗客のうち、返金を選んだのは4人だけで、残りは短縮された日程でも出発したらしい。二日減った旅で十分楽しめたのかは分からない。さすがに少しかわいそうだった。
僕としては、予約時にこの日程が満席で本当によかった。空いていたら、僕もそちら側だった。これも運だったということだろう。
ここは真面目に注意しておきたい。南極へ飛行機で往復するツアーを予約するなら、最終的に予定どおり出発できない可能性も考えておいたほうがいい。多くの場合は数時間の遅れで済み、僕たちの時ほど極端にはならないのかもしれない。それでも長時間飛べない状況に当たれば、旅程は完全に崩壊する。
僕たちは午前10時ごろ、プエルト・ナタレスに到着した。ここでチリの入国審査を受ける。空港はとても小さく、かなり簡素だった。もちろん入国審査自体はあるが、普段の国際空港で見るような、閉じられた審査エリアではなかった。
飛行機を降りると、全員まとめて空港の大きな部屋へ案内され、入国審査の列に並んだ。ただ、一列では収まりきらず、列が部屋の中をぐるっと回り始めた。そこで問題が起きる。入国審査を終えた先、つまり空港内部へ入るためのドアには、見たところ目の前に係員が立っているわけでもなく、近づけば勝手に開く自動ドアがあるだけだった。そして、ぐるっと回った列がそのドアのすぐ前を通る。
少なくともその場で僕の目に見えた範囲では、誰かがその気になって自動ドアを通れば、すぐには誰にも止められなさそうに見えた。一瞬、「これ、ここで密入国成立じゃない?」という妙な錯覚に陥る。
でも、次の問題は、そもそもなぜチリへ密入国する必要があるのか、ということだ。この空港に南極発のチャーター便以外の国際線があるのか、僕は知らない。もしないのなら、南極を経由してチリへ密入国しようと思いつく時点でもうすごい。そこまで本気なら、もう好きに入ってくれ、という気分である。
とはいえ、考えてみれば、南極からこのチャーター便で戻る乗客については、船側が事前に情報を確認し、提出していた。少なくとも通常なら、全員の渡航書類はもっと前にチェックされていたはずだ。そうでなければ、アルゼンチンで船に乗せてもらえなかっただろう……。
次の飛行機は午後2時発だった。町はとても小さく、空港から中心部まで車で約5分。少し考えたが、結局町へは行かなかった。26インチの大きなスーツケースを引いて歩くのは面倒だし、知らない土地で言葉も通じない。わざわざ自分から問題を増やす必要はない。
その後、僕たちは無事に帰りの飛行機へ乗った。最後の最後で、ようやく新しいトラブルは起きず、そのまま家へ帰ることができた。これで南極旅行は本当に完結した。