ICPC NAC 2020

第1回 North America Championship(NAC)に参加。

まさか今年も僕がいるとは思わなかっただろう。正直、僕自身も思っていなかった。

前年にはもう卒業できる状態で、この年は大学にすらいなかった。でも2016年と同じ問題が起きた。僕が抜けると、学生コーチがいきなり不在になる。赤レートの化け物が後を引き継いだものの、システム関係でいくつか問題があり、また僕が呼び戻された。ミシガン大学には独自のジャッジシステムがある。昔の学生コーチが自分で構築したもので、本当に強すぎる。見た目は簡素でも機能はしっかりしていて、僕たちは何年も使い続けていた。

この年、僕は大して力を入れていない。選手が誰なのかもほとんど知らず、地区予選の現場にも行かなかった。ただ、一つ大きな違いがあった。北米選手権、NACが始まったのだ。それまでは地区予選から直接世界大会進出チームを決めていたが、この年から途中にNACが加わった。各地区予選の上位何チームかがNACへ進み、僕たちの地区では確か上位五チームくらいだった。

この年が第1回NACだった。僕の記憶では、当時は地区予選にもまだ直接進出枠が残っていて、優勝チームはそのまま世界大会へ行き、残りの枠をNACで決めていた。数年後には地区予選の直接枠が完全になくなり、全チームがNACを通る制度になった。その後、以前なら四チームを世界大会へ送っていた中部の地区が、NACでは全滅し、一校も進出できない年すらあった。当時の地区別枠数は参加規模など複数の要素に左右されていた。一方、NAC制度が始まってからの僕たちの地区は、毎年ほぼ安定して三チーム、時にはそれ以上を送り込んでいた。どの地区が実はそれほど強くなかったのか、かなり分かりやすくなった。

僕たちの地区は予選上位五チームがNACへ行ける。いや、簡単すぎないか? プレッシャーなんてほぼゼロだった。

結果、本当に何の苦労もなく進出した。僕も大学について行き、第1回NACへ参加した。選手の一人と相部屋だったので宿泊費は無料。参加費があったのかは知らないが、何にせよ大学が払っていた。ただし往復の航空券だけは自腹だった。名目上、僕はもう大学の人間ではなかったからだ。

イベント全体のスケジュールは世界大会によく似ていて、前後を含めるとほぼ一週間。ただ、僕は就職したばかりで休暇も少なく、この大会に深く関わっているわけでもない。そこで途中の一日から合流した。

普通なら、公式の到着時間内であれば空港に迎えがいる。でも僕の到着は明らかに遅すぎたらしく、空港には誰もいなかった。地下鉄の駅にも誰もいない。一人で地下鉄に乗り、大会会場まで向かった。

大会が用意したホテルはこんな感じだった。

なかなか格好いい。

そして大会当日。会場はやたらと広かった。

僕の感覚では、NACに参加したチームはそれほど多くなく、せいぜい五十数チームくらいだった。これほど広い会場は必要なさそうだ。そこで主催者側も何かしら配置を工夫し、会場全体が埋まっているように見せていたのだと思う。

大会中はほとんどの時間、大学の学生コーチ、つまり赤レートの化け物と問題について話していた。そしていつもと同じ感覚だった。五時間は長そうに見えるのに、現場にいると本当に一瞬で過ぎる。

結果は……まあ、どうでもいいか。そもそもチームに誰がいるのかすら、僕はよく分かっていなかった。多少関わりがあったのは、アメリカ3号がまだチームにいたことくらいだ。

結局、僕たちは世界大会へ進めなかった。まあ予想どおりだ。こんなに簡単に進出できるなら、僕がそれまでコーチとして苦労していたのは一体何だったのか。

ただ、ずっと後になって振り返ると、この年については特に悔いもない。このシーズンに対応する世界大会は、その後パンデミックによって大幅に延期された。仮にミシガン大学が進出していても、僕はアメリカのビザの事情で現地へ行けなかったはずだ。状況はバングラデシュの年とかなり似ている。詳しくはエジプト世界大会の記事を参照してほしい。