Facebookインターン中のロンドン滞在
ロンドン, イギリス
Facebookでのインターン中にロンドンへ渡り、ビザとパスポート配送の騒動を乗り越えて街を巡った。
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ロンドン, イギリス
Facebookでのインターン中にロンドンへ渡り、ビザとパスポート配送の騒動を乗り越えて街を巡った。
Facebookでのインターン中にロンドンへ渡り、ビザとパスポート配送の騒動を乗り越えて街を巡った。
この年、僕は Facebook(現在のMeta)でインターンをしていた。インターン期間中、僕たちのチームには全員でイギリスへ行く年1回のオフサイトがあった。入社したばかりの頃、メンターに「行く?」と聞かれ、僕は少し考えると答えた。
インターンで何より大事なのは、終了後にフルタイムのオファーをもらうことだ。期間は全部で12週間しかない。そのうち1週間をイギリスで遊んで、成果を何も出さずに終えることになる。オフサイトとはいっても、会議に出るのは正社員だけで、インターンは外をぶらぶらするしかない。それがオファーにどれくらい響くのか、まったく分からなかった。
同じチームのインターンは4人で、中国人が3人、アメリカ人が1人。僕ともう一人はアメリカのビザがまだ有効だったが、残る一人は切れていた。彼の場合、アメリカを一度出たら、戻る前にまた米国ビザを取らなければならない。いつ帰ってこられるか分かったものではない。
現実的に行けるのは3人。では行くのかというと、みんな「行かない、行かない。オファーへの影響が大きすぎるし、危険だ」と口々に言っていた。アメリカ人が何を考えていたのかは聞かなかったが、とにかく彼も行かなかった。
僕も最初から行くと決めていたわけではない。ところが出発の2週間前、メンターがまた「行かないの? 本当に行かない? 大丈夫だから行こうよ」と誘ってきた。チーム全員が1週間イギリスへ行くので、僕たちが残っても時差は8時間。ろくに指導は受けられず、その週は結局自分たちだけで仕事をすることになる。そこまで熱心に誘われたら、じゃあ行こうかな、となった。
そもそも当時の僕にとって、就職面接はほとんど遊びみたいなものだった。僕は競技プログラミングの選手だ。他の人が恐れるコーディング面接も、僕にとっては簡単な問題を高速で解くだけ。少なくとも当時の僕は、よほど面接官に予想外のことをされない限り、受けたい会社を受けて落ちることはまずないと思っていた。だからフルタイムのオファーを、ほかの人ほど重くは見ていなかった。それで行くことにした。
次はイギリスのビザだ。いちばん印象に残っているのは、とにかく高かったこと。会社の負担なしでは気軽に手を出せない。記憶では5年間有効のビザを申請し、ドル換算で800ドル強だったと思う。申請を始めたのが出発の2週間前だったので、特急料金にさらに数百ドル。全部でたしか1300ドルくらいかかった。ここまで高いビザもなかなかない。
ただ、イギリスのビザは、お金を払い、必要書類をきちんと提出すれば、手続き自体はとてもスムーズだった。申請してから領事館がパスポートを発送するまで、合計1週間。これなら飛行機に間に合うはずだった。
ところが、ここで最大のトラブルが起きた。僕は並列計算を研究する博士課程の学生だったが、非同期システムの整合性問題が自分にどれほど大きな迷惑をかけるのか、この日初めて思い知った。
その日、追跡画面ではパスポートが午前中に届くことになっていた。そこで一日中、家で待っていた。荷物が置かれる可能性があるのは二か所。玄関前か、マンションの管理用宅配ロッカーだ。どちらに入るかは分からないが、中身はパスポート。念のため、届いたらすぐ回収するつもりだった。
午前10時半ごろ、スマホの画面を更新すると、配送状況が「配達中」から「配達済み」に変わった。配達場所は玄関前。ところがドアを開けても、外には何もない。配達員がまず下で配達済みにして、それから持ってくるのかもしれない。あるいは何か別の事情か。そう考えて5分待つことにした。5分たっても何も起きなかった。僕は、なくされたと思った。
そこでネットから荷物紛失の申告をした。すると配送状況は「異常」に変わり、そのままずっと異常になった。
その日の午後、近所の配送会社の営業所へ行った。事情を説明すると、今日配達できなかった荷物が戻ってきたら調べると言われた。午後6時になっても何も起きない。今度は配達員に連絡すると言う。夜7時すぎまで待ったが、配達員はもう仕事を終えていて連絡がつかなかった。すると職員は、突然とんでもない話を始めた。僕のケースは配達失敗なので、荷物はいったん保管センターへ戻り、ほかの荷物と一緒に飛行機へ乗る。それからアメリカをぐるっと一周し、まず東海岸にある本部の保管センターへ行き、現地の荷物と一緒にもう一度仕分けされ、また飛行機で西へ戻ってきて、最終的には翌朝僕の家に届くという。
ちょっと待て。そんな話があるか。誤配のたびに全部そんな旅をしていたら、配送会社なんて翌日には破産するだろ。
誇張ではない。今でもよく覚えているが、彼は本当にそう説明した。しかも大げさな身ぶりまでつけて、いかにも本当らしく。でたらめにも限度があるだろう……。
そこで得た結論は、ここでは何の結論も得られないということだった。この口から出まかせの人は、明らかに何も知らない。翌日また来るしかなかった。その時点でもう夜8時近い。営業所から家へ戻る頃には、心身ともに疲れ切っていた。
翌朝早く、また配送会社の営業所へ行った。何も起きていない。ネット上はまだ異常表示で、何が起きたのか誰にも分からない。職員は、もう一度配達員に連絡するとしか言えなかった。そして朝は、仕事中の配達員に結局つながらなかった。僕はいったん会社へ行き、午後にまた戻った。職員が再び電話をかけ、最後の最後でようやく配達員につながった。配達員は、荷物はもう届けたが、ネット上の状態は変更できないと言った。その時も表示はまだ「異常」のままだった。
配達員の確認を得て、僕はまた家へ戻った。玄関前には何もない。意味が分からない。では、まさか宅配ロッカーにあるのか? ロッカーに荷物が入ったというSMSは一度も届いていない。
宅配ロッカーへ行き、住民カードをかざすと、一つの扉が開いた。僕のパスポートは、本当にそこに入っていた!
ものすごくうれしかった。ようやくパスポートを手に入れた。これなら飛行機に間に合う。その時点で出発まであと4日しかなかった。
あとから、この事件をじっくり検証した。僕はコンピューター科学を学び、しかも並列計算を研究している。この背景が事件の分析に思わぬ形で役立った。
配達員の証言と状況を合わせて、僕なりに推測すると、たぶんこういうことだったのだと思う。その朝、配達員は大量の荷物を持って宅配ロッカーの前に到着した。車にいる間にすでに僕の荷物をスキャンしていたため、システム上は「配達済み」になった。次に一つずつ荷物をロッカーへ入れ、荷物をスキャンし、さらにロッカー側のコードを読む。正常なら、状態は「宅配ロッカーへ配達済み」に変わり、ロッカーから受取人へ通知が自動送信される。
ところが、その途中で僕が割り込み、荷物を未配達、つまり異常状態に変更してしまった。そのあと配達員が僕の荷物をスキャンしようとしても、もう受け付けられない。ではどうするか。彼は荷物をロッカーに入れ、ロッカーのコードを読み、通知を送ろうとしたのだろう。しかし一つ前の処理が失敗しているので、ロッカーと僕の荷物を関連付けられない。最終的に、実物のパスポートはロッカーの中、配送システムは異常表示、僕には通知が一切届かない、という状態が完成した。
その後に営業所の人が話していた「荷物がアメリカ一周旅行をする」という説明は、完全なでたらめだ。根拠ゼロ、荒唐無稽にもほどがある。
あとでこの話をメンターにしたところ、彼も僕の推測はかなり合理的で、本当にそうだった可能性が高いと言った。ほかに何がある?
無事にパスポートとビザを手に入れ、これでイギリスへ行ける。
それより前に、Facebookの社内サイトでイギリス行きの飛行機とホテルを予約していた。もちろん会社負担だ。当時、社内システム上で僕に表示されたヨーロッパ便の上限は8000ドルで、ちょうどビジネスクラスの往復が買えた。長距離国際線のビジネスクラスはこれが初めてだった。
ホテルもかなり豪華だった。社内サイトで最初に勧められたものをそのまま選んだ。ロンドン中心部にあり、会社の建物から200メートルも離れていない。料金は1週間に満たない滞在で8700ドル。平均すると1泊1000ドルを超える。社内のホテル予約サイトには、システムの推薦を選ぶよう明記されていた。別のホテルで料金が基準を超えると、精算で問題になるかもしれないという。それなら、そちらが勧めるならこちらも遠慮なく予約する。こうしてそのホテルは、僕が泊まった中でも最も高い部類に入るホテルになった。
出発当日、同じ時期にインターンをしていた人たちが見送りに来てくれた。みんなで辛い火鍋を食べた。あれは食べるべきではなかった……。
飛行機はビジネスクラスで、横になって眠れる。ただし、それでイギリス到着後も元気だったわけではない。着いた頃には頭が爆発しそうで、偏頭痛がかなりひどかった。ホテルに入ると、予想どおり手持ちの電源プラグは使えない。会社がすぐ近くだから、着いたら直接アダプターを取りに行けばいいと考えていた。しかし、これほど頭が痛くなるとは思っていなかった。電源なしでは困るので、結局ひどい頭痛を抱えたまま会社へ行き、自動販売機からアダプターを一つ受け取った。
ロンドンのFacebookオフィスは、ベイエリアの本社とは少し違う。キャンパスではなく、一つのビルの中に何フロアも入っている。ロビーはこんな感じだった。スポンサーのロゴは、やはり大きくなければならない!
アダプターだけ取ってすぐ逃げた。頭が痛すぎた。
翌日には、ほとんどベッドから起き上がれないほどの痛みになった。当時は理由が分からず、8時間の時差による頭痛だと思っていた。その後、国際線に乗る回数が増え、時差ぼけも何度も経験するうちに、自分なりのパターンが見えてきた。たぶん原因はあの火鍋だったのだと思う。
午後になって痛みが耐えられる程度になると、どうしても観光を諦められない僕はベッドから起き上がり、名所巡りに出発した。
最初に向かったのはベーカー街221B、シャーロック・ホームズで有名なあの住所だ。入口に立つ制服姿の人は大人気で、たくさんの人が一緒に写真を撮っていた。
入口には長い列があったが、行った時間がよかったのか、それほどひどくはなかった。中はかなり充実していて、原作の場面や部屋を再現した展示が多く、蝋人形まである。イギリス人も本当にシャーロック・ホームズが好きらしい。
次にやって来たのはマダム・タッソー・ロンドン。イギリスのマダム・タッソーだ! 前に見たのは英語の教科書の中だった。
その次は、キングス・クロス駅の9と3/4番線へ行った。実際のホームにあるわけではなく、駅の公共スペースにある壁際に、写真撮影用として設置されている。
撮影待ちの列はものすごく長く、しかも進むのが遅い。現地のスタッフがローブを着せ、杖を渡し、走っているように見えるよう裾を持ち上げてから写真を撮ってくれる。そのため、一人ずつかなり時間がかかる。僕は人が入れ替わる隙に、誰も写っていない状態を撮影し、そのまま逃げた。
これで今日の予定は終了。この日の名所は全部歩ける範囲にあった。頭がまた爆発する前に、急いでホテルへ逃げ帰った。
その後の数日間は会社で静かに仕事を進め、ロンドンにいるリモートのメンターにも会った。
ちょうどワールドカップの時期だったので、会社の食堂にある大画面で試合を一つ見た。これはFacebook時代からの伝統でもあり、ベイエリアの本社でも食堂の大画面で一日中ワールドカップを流していた。
そしてまた週末。ようやく頭痛が消えた。
起きて最初に向かったのは大英博物館。
展示内容はやはりかなり豊富だった。その中でも重点的に見たのが、ネットで人気の「顔をはたかれている小人」だ。
次にナショナル・ギャラリーへ行った。正直、僕は美術鑑賞にあまり興味がなく、見る目もまったくない。それでも、ここには僕でさえ驚くほど見事だと思う絵が何枚かあった。単に描写が非常に緻密で、理系の僕の頭に刺さっただけかもしれない。
これでこの日の予定は終了。博物館は大きく、さすがに何時間も見て回った。
さらに次の日、ロンドンで博士課程に在籍していた高校時代の同級生に会い、少し遠い場所まで案内してもらった。
まずはビッグ・ベン。
あまりにも有名なので説明は不要だろう。当時は改修工事中で、足場が何重にも巻かれ、ゲームで建物をアップグレードしている途中のように見えた。観光客へのせめてもの配慮なのか、時計の文字盤だけは見えるようにしてくれていた。普通の工事なら、こんな足場の組み方はしない気がする。
次はウェストミンスター宮殿。これも英語の教科書からそのまま出てきたような建物だ。
ウェストミンスター大聖堂。
バッキンガム宮殿。
ロンドン・アイ。
ロンドン・アイからテムズ川とロンドン市街を見下ろす。
最後にタワー・ブリッジへやって来た。
記念撮影。仕上がりは最高だった。
これでこの日の予定も終了。
その日の夜、僕はフィッシュ・アンド・チップスを食べてみたいと言った。イギリスを代表する国民食なのに、何日も滞在してまだ一度も食べていなかった。同級生が何軒もレストランを回ってくれたが、どこも置いていない。最後の店の人は少し小馬鹿にしたような顔で、「もっと気軽な小さな店でも探したら」と言った。その表情はまるで、「まともなレストランでそんなもの出すわけないだろ」とでも言いたげだった。
最終的に、僕たちは本当に庶民的な小さな店(実際にはちゃんと店舗のあるレストラン)でフィッシュ・アンド・チップスを見つけた。さすが本場の味。全然うまくない!
最後に、帰りの飛行機の食事も見せておこう。ビジネスクラスは人生でまだ2回目で、1回目は往路。慣れていない僕は、出てくる料理を片っ端から撮影した。
これでイギリス・ロンドンの旅は無事に終了した。