ICPC世界大会 2025
バクー, アゼルバイジャン
バクー世界大会と、数日間の観光。
国 · AZ
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バクー, アゼルバイジャン
バクー世界大会と、数日間の観光。
バクー世界大会と、数日間の観光。
今年の世界大会は、僕にとってようやくすべてが普通に進んだ。最初から最後まで何の問題も起きなかった。ここまで来るのが本当に長かった。
旅はいつもどおりビザから始まる。ただし僕はビザ免除だったので、今回はここを丸ごと飛ばせた。あとから聞いた話では、ほかのかなりの人がビザで苦労したらしい。正確にはビザそのものではなく、申請料の支払いだ。サイト上でクレジットカード決済ができるはずなのに、払おうとする人から順番に、カード会社の不正利用検知に止められていく。別のカードでも同じ。最終的には、チェックが妙に緩い銀行のカードを使うか、カスタマーサービスに電話して何とかしてもらうしかなかったそうだ。とにかく面倒である。なぜビザ代のサイトがそこまで危険判定されるのかは謎だ。
僕には関係ない話だと思っていた。ところが現地に着いてから、ブーメランのように戻ってきた。ビザサイトだけの問題ではなく、アゼルバイジャンのウェブサイト全般にある問題らしい。この話はまたあとで。
今回はエジプトでの反省を生かした。せっかく来るなら周辺も回らなければならない。そこで一日早く到着し、ホテル代を自腹で払い、一日ツアーを予約した。しかし、あとになって自分はまだ甘かったと気づく。二週間も早く来て、近くのコーカサス地方――アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア――を全部回った人がいたのだ。正直、それは少し危ない気もした。アゼルバイジャンとアルメニアは、ほんの数年前のこの時期にはまだ戦争をしていたからだ。ただ、少なくとも当時は、それぞれの国を個別に旅行すること自体には特に問題がなさそうだった。
アルメニアといえば、面白い話がもう一つある。アゼルバイジャンが開催地として正式発表される半年ほど前、アルメニアは2025年世界大会の開催申請を出したと発表していた。当時ネットにはほとんど情報がなく、Googleで2025年の開催地を検索すると、予想として出てくるのはアルメニアだった。ところが最終的にはアゼルバイジャンで開催されることになった。近年の両国の関係を考えると……この流れに何か関係があったのかは分からないが、なかなか興味深い。
アゼルバイジャン到着の翌日、一日ツアーへ出発した。最初に訪れたのは、歴史が数千年前までさかのぼるゴブスタンの岩絵だった。
そこでは、いろいろと変わった岩絵を見ることができた。
どう見ても先史時代の遺物ではない絵もあった。
現地にはヘビがいるらしく、歩ける場所はロープで囲われていた。道端には正体不明の緑色の粉もまかれていて、ヘビよけだと聞いた。
次は泥火山。名前のとおり、泥を噴き出す火山である。
その日はものすごく暑かったのに、泥は冷たかった。信じられるだろうか。ガイドが手で触ってみるといいと言うので、僕も触ってみた。ツアー客の中には、腕だけでなく顔にまで塗る人もいた。天然の泥火山をフェイスパックにするつもりなのだろうか。
そのあとやって来たのが、1846年に掘削された、世界初の産業用掘削油井とされるものだった。
さらに、この巨大な国旗も見た。ネットで調べると、本当に世界記録を取ったことがあるらしい。まさかこれ自体が観光名所とは。その日は風が弱く、旗を撮るのはなかなか難しかった。
次は「燃える山」ヤナル・ダグ。山肌で天然の炎が長年燃え続けている場所だ。文字どおり、山からずっと火が出ている。
続いてアテシュギャーフへ。歴史的に拝火の伝統と関係する宗教施設で、かつては地下から自然に漏れ出す天然ガスによって、長年火が燃えていたという。ただしガイドによると、その天然の炎はのちに消え、現在の火は地下のパイプから送られる天然ガスで燃えているそうだ。
これで一日のツアーは終了。かなりの数の名所を一気に回った気がする。
競技前日、すべての仕事が終わったあと、僕とヨーロッパ人二人で町へ出ることにした。目的地はバクー旧市街。どうやって行くか調べ始めたところで、例のブーメランが僕にも当たった。現地のアプリを入れ、バスカードや地下鉄の切符らしきものをオンラインで買おうとしたが、クレジットカードが即拒否された。何度やっても拒否。もう諦めて、地下鉄の駅で何とかすることにした。
地下鉄にはどう乗るのか? 誰も知らない。二人いわく、それを解明するところまで含めて旅らしい。そこで駅まで歩いた。途中、アゼルバイジャンの学生たちに呼び止められ、競技プログラミングを強くするにはどうすればいいか聞かれた。いろいろと定番の話をしたが、最終的な結論はやはり「たくさん練習する」だった。
気持ちは分かる。始めたばかりの学生には、どうすればいいか迷う時期がある。今のCodeforcesには、Gymを除いても一万問以上ある。数を見るだけで心が折れそうになる。
地下鉄の駅へ着くと、切符は現金でしか買えないと分かった。そして僕たちは現金を持っていなかった。三人で困っていると、通りすがりの人が地下鉄カードを一枚くれた。ちょうど二回乗れるだけの残高が入っていた。相手が何を言っていたかは正直ほとんど分からなかったが、とにかくカードをくれた。
それでもあと二人分足りない。仕方なく外のATMへ行き、合計で20ドル相当くらいを引き出した。この金額では、デビットカードの手数料のほうが引き出した額より高かったかもしれない。
地下鉄でバクー旧市街へ行き、一時間ほど歩いて見て回った。
旧市街を見終わると、帰り方を決める時間になった。ヨーロッパ人の二人は天気がいいから歩いて帰ろうと言う。そこで三人でホテルへ向かって歩き始めた。正直、かなり暑いし日差しも強い。僕は日焼け止めすら塗っていなかった。でも二人はまったく気にしていないようだった。
途中には、デザインの面白い建物もいくつかあった。
ただ、最近見た中で一番デザインが印象的だったのは、大会会場の隣にあるヘイダル・アリエフ・センターだと思う。それと比べると、大会会場そのものは撮るほどでもなかった。
何事もなく競技当日を迎えた。
会場の外に誰もいなかったので、すぐに記念写真を撮った。
競技も何事もなく終了。全チームで唯一11問を解き、優勝したサンクトペテルブルク大学、おめでとう! 最強チームでも早々に全完できないよう用意したあの難問まで解いたのだから、文句なしの優勝だった。
あの問題は前年から準備していたもので、強いチームを競技終盤まで忙しくさせるために用意した二問のうちの一つだった。前年の本番前には、まったく準備が足りず使えないと判断し、今年へ持ち越した。今年は十分に準備し、元々あった複雑なケースの多くを削って簡略化した。作問者いわく、「この問題を解ける形にするため、できることは全部やった」。そして本当に解かれた。世界大会チームの強さは、いつだって信じられる。
今年の世界大会でもう一つ注目されたのは、AIも大会に合わせた非公式評価への参加を申請したことだ。運営はOpenAIとGoogle DeepMindにそれぞれ独立した評価用マシンを用意し、別々に大会全体を解かせた。そして、結果は圧倒的だった。Google DeepMindは序盤から順調で、すぐに10問を通した。この時点で運営側は少し焦り始めていた。そのあとOpenAIが全問を解き、コンテストをAKした。これで完全に差がついた。運営は両社に対し、大会終了から二週間たつまで結果と詳細を公表しないよう求めた。選手たちの見せ場をAIに持っていかれたくなかったのでは、と僕は勝手に想像している。
その後、Google DeepMindの人とも話した。今のAIの強さを考えると、これからはAI企業が「参加させてください」と申請するのではなく、運営側がAI専用の参加プラットフォームを用意するべきなのかもしれない。あっという間に立場が完全に逆転した。
大会終了から一か月後、この話にはまだ続きがあった。僕たちは振り返り会を開くことにした。正直、前年にあれほど大きな事件があったのに振り返り会は開かなかった。今年やるなら、ついでに前年分もまとめて振り返ろう、ということになった。最大の議題は、どうしてこれほど次々と問題を起こせたのか。結論は、問題選定の段階でもっと多くの人に見てもらったほうがいい、というものだった。そこで問題選定委員会の人数を増やすことになった。
まず、touristは絶対に入れるべきだった。経験が豊富で、問題の不具合を見つけるのが最もうまい。特に、似た問題がほかのコンテストに出たことがあるなら、気づく可能性が一番高い。ほかのジャッジの多くは、オンラインコンテストにあまり出ないからだ。
そこで一人のベテランが、「いっそ今年のジャッジを全員入れればいいのでは」と言った。別のベテランは、「それでは最後に問題を決める時、議論の量が大爆発する」と返した。最終的に、残りの人は希望者だけ入ることになった。
そこで僕は立候補した。あとで分かったのだが、立候補したのは僕一人だけだった。少し気まずい。