メキシコシティで中関村を見つけた日
この冬休みは中国に帰らなかったのに、なぜか帰国した気分になった。
この冬、メキシコシティへ行った。そこにたどり着くまでが、とにかく大変だった。
カンクンから長距離バスを乗り継ぎ、メキシコシティを目指した。カンクンでは仲間の一人が切符を買いに行き、あまり流暢ではない英語同士でどうにか話をつけ、無事に切符を手に入れてきた。
そして、その後はほとんど英語を聞かなくなった。有名観光地のカンクンを離れると、この旅で出会った人の中には、英語でやり取りできる人がほぼいなかった。
最初の長距離バスは、カンクンからメキシコ南東部にある、名前がOから始まるどこかの街へ向かった。どの街だったのかは、もう完全に覚えていない。あまりにも昔のことだし、そもそも旅程を組んだのも僕ではなかった。ただ、同行者がLonely Planetで見つけた定番ルートだった、ということだけは覚えている。
それよりはっきり覚えているのは、このバスがとんでもなく「香り豊か」だったことだ。
乗車時間は約20時間。切符を買った時には後ろ数列しか残っておらず、そのままそこを取った。だが、この時点ではまだ問題の深刻さに気づいていなかった。乗ってみると、車内後方にトイレがある。長距離バスにトイレがあること自体は珍しくない。問題は、その扉がきちんと閉まらないことだった。使用中なら手で押さえればまだ何とかなる。だが、誰も使っていない時にも閉まらない。おかげで最後尾から5列ほどは、強烈な糞尿のにおいにずっと包まれていた。
夕方5時に出発し、翌日の午後まで20時間。あのトイレは衛生状態が怖すぎて使う気になれなかった。かといって途中で降りてトイレへ行くのも怖い。戻る前にバスが出たら、そこで一人置き去りである。若さってすごい。あれだけ長い時間トイレに行かなくても、意外と何とかなった。
降りる頃には、全身があのにおいにすっかり漬け込まれた気分だった。小さなホテル、というか民宿のような宿に着き、服を脱いで恐る恐る嗅いでみる。本当にしっかり染み込んでいた。僕はシャワーを浴び、服はそのまま捨てた。
宿の主人は英語がまったく話せず、中国語なんて当然通じない。最初から最後まで、身ぶり手ぶりと推測でどうにかした。食事のメニューももちろん読めない。そこで使った作戦は、知っているスペイン語らしきものを探すこと。といっても分かるのは「鶏肉」と「牛肉」の二つだけだった。メニューからそれらしいものを探し、あとは適当に注文した。
その後、街を歩いてみた。僕の目には高原にある小さな田舎町のように見え、中国の小さな地方都市とそれほど変わらない感じがした。
さらにバスで移動した。前回の教訓を生かし、今度は迷わず前方の席を選んだ。だが、さすがに前すぎた。最前列で、ほとんど運転手と肩を並べるような位置だった。トイレのにおいは完全になくなったが、今度は前方のライトがまぶしすぎて目がやられそうになる。夜に出発して朝に着く便だったが、その夜の記憶は、とにかく車の前が明るかったことしかない。結局、またほとんど眠れなかった。若者の体力は本当にすごい。
今度着いたのは、名前がOから始まる別の街だった。前の街よりずっと大きかったが、僕たちには特に面白くもなかった。二日滞在して、また出発した。
そして、また長距離バスに乗った。最後の区間は、幸いそれほど長くなかった。何日も移動を続け、合計何時間バスに乗ったのかも分からなくなった頃、ようやくメキシコシティに到着した。
バスを降りた瞬間、タクシー運転手から強烈な注意を受けた。「北は麻薬の売人だらけだから、絶対に行くな」と言う。そこで到着後はおとなしく中心部に潜み、北へ行きすぎないようにしていた。後になって考えると、彼の言う「北」はメキシコシティ北部ではなく、アメリカ国境に近いメキシコ北部全体を指していたのかもしれない。たぶん、あの辺りでは麻薬をめぐる問題が深刻だ、と言いたかったのだろう。ただ、実際に僕たちが訪れたメキシコシティの場所は、どこも特に問題なさそうに感じた。
まず向かったのは、いわゆる「ラテンアメリカ最大の教会」だった。確かに大きかったが、教会そのものにはあまり興味がない。一方、一眼レフを持っていた仲間は何かに取りつかれたように、ひたすら写真を撮りまくっていた。
そしてメキシコシティを歩いてみた。ここ……北京じゃないよね……?
僕の目には、メキシコシティ中心部のビジネス街が北京とほとんど同じに見えた。当時の同行者の話では、アメリカの都市では高層ビルがこんなふうに点在することはあまりなく、いくつかのエリアにまとまって建っていることが多いらしい。この間隔、この高さ、この雰囲気。どう見ても北京だった。建物の看板がスペイン語でなければ、ふと見上げた瞬間、自分は中関村にいるのではないかと思ったはずだ。
最後の問題は、どうやってアメリカへ帰るかだった。全員、メキシコの長距離バスにはすっかり懲りていた。遅い、走り方はふらふら、そして臭い。カンクンまで戻るバスは24時間以上かかる。もう無理。乗りたい人が乗ればいい。僕は絶対に乗らない。往復の航空券はカンクン発着で取っていたので、帰国便にはどうしてもカンクンから乗る必要がある。そこで、メキシコシティからカンクンまでの航空券を買った。
今思うと少し驚きなのだが、この旅では宿の予約から航空券の購入まで、すべて同行者が携帯電話で済ませていた。旅行中に携帯だけでホテルや飛行機を予約することが、今ほど簡単でも当たり前でもなかった2012年に、ずっとそれで切り抜けたのはなかなかすごい。そして最後には、まさかの無事アメリカ帰還を果たした。
メキシコでは、カンクン以外の宿はどこもネット環境がひどかった。予約担当の携帯だけは、よほど電波が良かったらしい。